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山縣亮太の学歴まとめ!大学は慶応で高校は修道のエリート!

陸上選手の山縣亮太さんは、スポーツの実力はもちろん、学歴もとても優秀でした。

大学は慶応義塾、高校も出身の広島県でトップクラスの難関校。

今回の記事では、山縣亮太さんの学歴についてご紹介していきたいと思います!

山縣亮太の大学:慶応義塾大学

山縣亮太さんは2011年4月から2015年3月まで、慶応義塾大学の総合政策学部に通っていました。

山縣亮太さんは通っていたのは日吉キャンパス。

その通学路でもトレーニングに励んでいました。

山縣 亮太@V7Jqq土曜日の坂60mです。 坂は傾斜によっては前傾姿勢の練習になります。日吉の坂は一般学生も多いので1人は少し恥ずかしいですね。

慶応大学体育会競走部に所属していて、主将も務めていた山縣さん。

競走部時代は、大きな怪我を何回も繰り返していたんだそう。

大学に入って肉離れ3回と腰痛など大きなけがが3つも4つも続いてしまいました。

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しかし大学生時代にも結果を残しています。

  • 大学1年生:山口国体で100メートルの日本ジュニア新記録(3位)
  • 大学2年生:織田幹雄記念国際で優勝し、五輪派遣標準記録
  • 大学2年生:日本選手権で3位
  • 大学2年生:ロンドン五輪の日本代表として、100メートルで準決勝進出。
  • 大学2年生:400メートルリレーで5位入賞

AO入試で慶応大学に入学した山縣さんの卒論のテーマは「日本人の短距離走選手が米国で良好な競技環境を得るための考察」。

偏差値70という超難関校の慶応大学の総合政策学部で、これだけの陸上成績を残した山縣さんは凄いですね。

山縣亮太の高校:修道高校

山縣亮太さんは広島県広島市中区の私立修道高校に通っていました。

修道高校の偏差値は70で、広島県の私立77校中1位!

得意科目は社会と世界史で、生徒300人中50位以内という上位の成績を収めていました。

完璧主義だったという山縣さんは、勉強も陸上も手を抜きません。

山縣亮太の陸上の成績(高校)
  • 高1:大分国体 少年男子B 優勝
  • 高2:世界ユース4位
  • 高3:少年男子A&日本ジュニア選手権大会で優勝

偏差値70の学校で上位の成績を残し、陸上でも結果を残し続けていたんですね。

山縣亮太の中学:修道中学

山縣さんは修道中学に通っていました。

修道中学高校は一貫校で、山縣さんは中学受験。

修道中学の偏差値も63とハイレベルなんです。

全日中の100メートルと400メートルリレーに出場した山縣さんは、中3で100メートル11.4秒だったんだそう。

朝練では30分のロングジョギングをやっていて、朝からハードな練習を積んでいたようです。

中学3年生の時に、所属していた陸上部の顧問が移動のため不在に。

そこから山縣さんは陸上の専門書を読むようになり、自分で研究し分析するようになったんだとか。

中学生のころから努力を怠らなかったんですね。

山縣亮太の小学校:鈴が峰小学校

山縣亮太さんは、出身の広島県鈴が峰町の鈴が峰小学校に通っていました。

小学校の頃から足が速く、父親の浩一さん曰く「追いかけてきた犬よりも速かった」んだそう。

小学4年生の時に出場した大会で優勝したことがきっかけで、広島ジュニアオリンピアクラブに所属するように。

広島市のある大会に、学校代表として出場することになったんです。そうしたらなんと100m走で優勝してしまって……。それを見ていた地元の陸上クラブのコーチに声をかけられて、本格的に走り始めることになりました。

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そして、小5で出場した日清食品カップでは8位に入賞しました。

小学校の頃はサッカーや野球もやっていた山縣さん。

しかし段々と陸上だけに熱中していき、「走りで1番になりたい」という気持ちが大きくなっていったんだそう。

山縣亮太のプロフィール

  • 名前:山縣亮太(やまがたりょうた)
  • 生年月日:1992年6月10日
  • 年齢:29歳(2021年7月時点)
  • 出身:広島県広島市西区鈴が峰町
  • 身長:177㎝

山縣亮太さんは兄が1人の4人家族。

2歳上の兄・昌平さんが陸上の大会で大きな賞状をもらってきたことがきっかけで、陸上に興味を持ち始めたんだとか。

そんな時、2歳上の兄が陸上の大会で8位入賞の大きな賞状をもらってきたんです。すごく羨ましくて、僕もその大会に出て賞状がもらいたいと思ったのが陸上を始めたきっかけですね(笑)

日本の学校

父親の浩一さんは、広島県でスポーツ用品を取り扱う「株式会社ニシヒロ」を経営しています。

山縣亮太さんは、スポーツが身近にある環境で育ったんですね。