東京パラリンピックのバドミントンシングルスで金メダルに輝いた梶原大暉さん。
爽やかイケメンと言われる梶原さんの出身校って気になりますよね!
梶原さんは小学校から中2までは野球でエースを務める実力者。
しかし中2の事故で右脚を切断し、パラスポーツの道を歩み始めることに。
今回は、梶原大暉さんの出身校についてご紹介していきます!
梶原大暉の出身校まとめ

梶原大暉さんの出身校がこちら。
- 小学校:不明
- 中学校:福岡市立三宅中学校
- 高校:福岡市立福翔高校
- 大学:日本体育大学
梶原さんの出身校について、1つ1つ詳しく見ていきましょう!
小学校はどこ?出身中学から推測してみた
梶原さんの出身小学校については、明かされていません。
しかし私立など特別なことがなければ、小中は同じ学区内が近場になりますよね!
次に紹介する梶原さんの出身・三宅中学の校区は福岡市立三宅小学校と、立野多目小学校。
なので、梶原さんは三宅小学校か立野多目小学校のどちらかに通っていたのかもしれません!
小3から野球チーム「筑紫丘ファイターズ」に所属する野球少年だった梶原さん。
中2で事故に遭うまで、野球に夢中だったようです。
中学校:三宅中学校

梶原大暉さんの出身中学は福岡市南区にある市立三宅中学校。
https://twitter.com/1mYZ7aBCcxFyUEg/status/1434317886873489409?s=20
三宅中学校には甲斐よしひろさんやJO1の川尻蓮さんも通っていました。
中学時代は軟式野球チーム「福岡ベースボールクラブ」に所属し、エースとして活躍!
しかし、中学2年生で事故に遭ってしまい、野球を続けることが出来なくなってしまいます。
中2で右脚切断
2015年、中学2年生の時に自転車で自宅から練習に向かう途中で交通事故に遭ってしまった梶原さん。
その結果、右足切断&左下肢にもまひが残って車椅子生活になってしまいました。
梶原さんは事故に遭った直後から病院までは記憶がなんとかあるそうですが、意識が戻ったのはなんと1か月後だったんだとか。
「病院に運ばれたところまでは覚えているのですが、そこからは記憶がとぎれとぎれなんです。はっきりと意識が戻ったのは約1か月後でした」
ANA
意識が戻ってすぐに右足切断と左足まひを知ったんだそう。
足を失ってしまい、大好きだった野球も出来なくなり、絶望を感じていました。
「絶望というか……。野球が大好きで、当時は野球のことしか考えていなかったので」
ANA
目が覚めて足がなくなっていたら、どれほどショックなのか想像も出来ませんね。
こちらの画像で車椅子に乗っているのが梶原さんのようです。
出典:Twitter
右足切断という絶望の淵にいた梶原大暉さんですが、所属していた福岡ベースボールクラブの仲間の思いやりがとても素敵でした。
中学の野球仲間の思いやりが感動
入院中も福岡ベースボールクラブの仲間がお見舞いに来て、励ましてくれていたんだそう。
そして右足切断してから半年のリハビリをこなし、中3前の春に退院した梶原さん。
退院後、梶原さんはチームのスコアラーになりたいと申し出ました。
そして、中3の夏に野球チームが全国大会でベスト8に!
その時のチームメイトの言葉が感動的なんです。
福岡ベースボールクラブの仲間は、梶原さんと一緒に全国大会に行きたいと強く願ってたようです。

脚を失ってしまった梶原さんにとって、どれだけ心の支えになったのか計り知れませんね。
高校:福翔高校

福岡市立三宅中学校を卒業後、福岡市立福翔高校に進学した梶原さん。
福翔高校の偏差値は58。
梶原さんは福翔高校出身です
— 福岡市立福翔高等学校【公式】 (@fukusho_offi) September 3, 2021
学校あげて応援してます!
高校に入学してすぐ、ソーシャルワーカーからパラスポーツを紹介してもらったんだとか。
そして高校入学後すぐ、ソーシャルワーカーからパラスポーツをいくつか紹介してもらった。その中から選んだのが、パラバドミントンだ。ラケットを頭上で振る動作が野球の投球と似ており、野球経験が一番活かせそうだと思ったという。
ANA
そして、その中でも野球の投球と動きが似ているバドミントンを選びました。
梶原さんは、地元のパラバドミントンチーム「TEAM SHUTTEL-ONE」に所属。
2017年、高1の春にパラバドミントンを始めたのにも関わらず、2017年末には日本選手権のシングルスで準優勝に輝きます。
野球少年だった梶原さんがバドミントンを選んだのは大正解だったんですね!
高校時代のバドミントン戦績
梶原大暉さんの高校時代のバドミントン戦績がこちら。
- 2017年:日本選手権 シングルス準優勝
- 2019年:日本選手権 シングルス優勝
- 2019年:ヒューリック・ダイハツJAPANパラバドミントン国際大会 シングルス 銅メダル ダブルス銅メダル
- 2019年:トルコ国際大会 ダブルス ベスト16
- 2019年:デンマーク国際大会 シングルス優勝 ダブルス優勝
高1でバドミントンを初めて、ここまでの成績を残しているのが本当にスゴイですね!
試合後は反省点をノートに書いて、改善していったんだそう。
高校の校長先生が「行ってこい」と背中を押してくれたことも、頑張れた理由だったようです。
大学:日本体育大学

梶原大暉さんは2021年9月現在、日本体育大学の児童スポーツ教育学部2年生。
日本体育大学児童スポーツ教育学部の偏差値は37.5と高くはありません。
高校の偏差値が58なので勉強も出来るようですが、大学ではスポーツと教育の道に行きたかったのかもしれませんね。
2020年に入学しましたが、新型コロナウイルスの影響でほとんどオンライン中心なんだそう。
昨年から日体大に進学したが、コロナ禍のために福岡市の自宅でオンライン授業を受けながら、福岡県内のパラバドミントンチームに加わって練習した。
西日本スポーツ
自粛期間中も自分の動画を確認しながら、車椅子操作のスピードを上げることを目指していました。
梶原大暉の家族構成

梶原大暉さんの詳しい家族構成は判明していません。
しかし梶原さんの父親は、ダブルスの相方・村山浩さんと同い年なんだとか!
2021年9月現在、村山さんは47歳なので、梶原さんの父親も47歳。
ということは、梶原さんは父親が28歳の時に出来た子なのですね。
梶原さんが事故に遭い、意識が1か月も戻らなかったときは、両親も想像できないくらい心配だったでしょうね…。
梶原大暉のプロフィール

- 生年月日:2001年11月13日
- 年齢:19歳(2021年9月現在)
- 出身:福岡県福岡市
東京パラリンピックでシングルス金メダル・ダブルスで銅メダルに輝いた梶原さん。
ネットでは爽やかイケメン!と、梶原さんのルックスにも注目が集まっていました。
今後、いろいろなメディアに引っ張りだこになるかもしれませんね!